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   <title>BORN　TO RUN</title>
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   <updated>2012-01-06T23:51:02Z</updated>
   <subtitle>綺麗で不思議な誕生石や気まぐれネタ</subtitle>
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   <title>出生時のトラウマ　3</title>
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   <published>2012-01-06T04:01:57Z</published>
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   <summary>最初にかかってきた電話で、困惑を隠せない声の父親が「なんとかなるでしょうか」と聞...</summary>
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      最初にかかってきた電話で、困惑を隠せない声の父親が「なんとかなるでしょうか」と聞いてきたのです。


簡単な視診と触診で、胸郭と骨盤の動きが極端に制限されていることがわかりました。


わたしはパーカッション・バイブレーターを使って、子どもの轡部と頭部にかなりの刺激をあたえました。


30分ほど待っていると、その子がとつぜん雄叫びをあげました。


それから治療台に寝かせ、ゆっくりと呼吸がととのっていくのを父親とともに観察しました。


・・・父親の話では、それ以来、再発はしていないといいます。


同じようなケースはまだあるのです。


5年ほど前、活動過多で痙攣性発作の診断を受けた男の子を診たことがありました。


神経科医をさんざん手こずらせたらしいのですが、医師には原因を特定することができなかったのです。


その子は一回の治療ですんでいます。


      
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   <title>出生時のトラウマ　2</title>
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   <published>2011-12-06T04:00:58Z</published>
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   <summary>麻薬中毒者で白殺した人と、分娩時の母親の麻酔薬やバルビツール系鎮痛剤の使用とも強...</summary>
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      麻薬中毒者で白殺した人と、分娩時の母親の麻酔薬やバルビツール系鎮痛剤の使用とも強い相関関係がありました。


コーネル大学医学校の心理学者、リー・ソークが、1985年にイギリスの医学専門誌『ランセット』に発表した研究でも、出生時トラウマと青年期の自殺との強い相関関係がわかります。


その研究ではつぎの3つのいずれかが自殺した青年の共通点であることが判明しています。


1．本人が出生時に1時間以上の呼吸困難を経験した。


2．母親が妊娠13週目以前に適切なケアを受けていなかった。


3．妊娠中の母親に慢性病があった。


・・・出生時トラウマは現代社会に特有のものです。


4歳になるまで人に噛みついていた子どもがいますが、つい最近も、生後3週間の子が父親につれられてきたことがあります。


アロパシーの医師である父親によれば、その予は呼吸に異常があり、息を吸うというよりも鼻を鳴らしているような状態だといいます。



      
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   <title>出生時のトラウマ</title>
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   <published>2011-11-06T04:00:08Z</published>
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      出生時のトラウマは、自殺との関連性がいちばん高いということがわかっています。


スウェーデンのカロリンスカ研究所で医学工学部門の指揮をとっているべーティル・ヤコブソン博士の研究はさらに説得力があります。


博士は周産期(出生前後)の経験とその子の青年期のできごととの関連性をライフワークとして研究している人です。


ヤコブソン博士の研究でも、やはり、検査した他の11のリスクファクター(そこには親のアルコール依存、家庭崩壊などの社会経済的な要因もふくまれている)のうちで、自殺ともっとも関連が深かったのは出生.時トラウマであることが判明しています。


博上の研究はさらに、出生時トラウマのタイプと青年期に敢行した自殺の方法、あるいは死をまねいた暴力の種類とに強い相関関係があることも示しています。


首つり自殺をした2900人のケースでは、出生時になんらかの原因で窒息状態を経験していることがわかりました。


機械的な手段で自殺をした人たちの多くは、出生時に・・・


たとえば鉗子などの金属器具でとりだされるといった、機械的なトラウマを経験していました。



      
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   <title>斜陽に立つアメリカ　3</title>
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   <published>2011-10-31T01:43:49Z</published>
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      「大砲もバターも」と豪語して、ベトナム戦争をひたすらにエスカレートさせていったジョンソンも、1968年の大統領選にはついに出馬を断念せざるを得ませんでした。


他方、このことはケネディに敗れて、もはや過去の人とみられたニクソンに息を吹き返させました。


彼は抜け目なく「名誉ある撤退」を旗印としてカムバックし、政権を獲得してしまいました。


・・・しかし、彼のもとでも、和平交渉に入ったとはいえ、戦闘はなお続き、戦争が終結したのはようやく1973年に入ってからでした。


しかも、米軍の戦死者の3分の1はこの間に出たものでした。


ベトナム戦争が規模といい損害といい、このように国民が想像した以上に無残な敗戦に終わったことは、彼らの心の中に深い傷跡を残したのです。


・・・同時にアメリカ史上、この戦争ほど多くの国民の批判や抵抗を呼び起こしたことはなかったのです。


      
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   <title>斜陽に立つアメリカ　2</title>
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   <published>2011-09-11T01:43:19Z</published>
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      政府はもちろんのこと、国民にとって最も重大な誤算は、一方で豊かな生活を享受しつつ、他方で戦争も遂行できると考えていたことでした。


たしかに朝鮮戦争は手痛い火傷でした。


・・・これに対し、ベトナムはずっと規模が小さいように思われました。


誰がみてもアメリカ軍がベトミンに手を焼くとは思われませんでした。


まして彼らに負けるとは、誰も想像しなかったのです。


結果的にみると、アメリカはベトナム戦争のために10年近い、戦争としては同国史上最も長い歳月を費やし、1968年には54万以上の兵力を投じてなお勝つことができませんでした。


そのために1200億ドルの戦費と5万の戦死者を出し、その規模は第二次世界大戦に次ぐ、史上第二のものとなりました。


      
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   <title>斜陽に立つアメリカ</title>
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   <published>2011-08-31T01:42:35Z</published>
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      かつて道なき道を、家族をあげておんぼろ馬車で西部の荒野に移住し、酷薄なまでにきびしい自然環境を切り拓いていったアメリカ人魂・・・


とりわけその勇気と忍耐は、いまはどうなってしまったのでしょうか？


第二次大戦が終わって豊かな生活が実現されると、人びとの間には、豊かな生活にめぐまれない者も含めて、すっかり楽観的期待感が定着してしまいました。


戦後20年間は、アメリカ経済はその期待感に応えることができました。


・・・しかし、現在に至る次の20年間は、それが急速に困難になっていきました。


そうなると、人ぴとは苛立ちはじめ、次第に欲求不満にさいなまれ出すのです。


暗殺されたケネディ大統領のあとを継いだジョンソン政権にはじまり、ウォーターゲート事件で自滅したニクソンを経て、レーガン政権に至る20年間、アメリカは歴史的な大きな転換期に入りました。


それは国民のレベルにまで疑い、迷い、乱れが浸透していった時期でもありました。



      
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   <title>スポーツとマスコミの関係</title>
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   <published>2011-07-31T01:41:53Z</published>
   <updated>2011-07-31T22:51:20Z</updated>
   
   <summary>ビッグ・スポーツやオリンピックの放送は、ネットワークにとって単に自慢のタネになる...</summary>
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      ビッグ・スポーツやオリンピックの放送は、ネットワークにとって単に自慢のタネになるばかりではありません。


それによって視聴率が上がり、広告収入が増加するからです。


モントリオール・オリンピックの場合も2週間、それもゴールデンアワーに放送され、視聴率も48%に達しました。


その結果、ビッグ・スポーツの運動選手は映画スターと同じで、多額のギヤラをもらって、プロとアマの境もなくなってしまいます。


・・・たとえば、ロサンゼルス・オリンピックの100メートル走で優勝したカール・ルイスも、テレビのおかげで国民的英雄にまつり上げられ、巨額の収入にありついています。


しかし、このようなテレビによるスポーツの商業化が進むなかで、こうした人気にあずからないスポーツや選手たちも多いのです。


スポーツの商業化はスポーツの世界にゆがみを与え、選手のスター化など好ましくない傾向も生まれてきて、本来の意義が失われつつあることは否定できません。


      
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   <title>自治体の可能性</title>
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   <published>2011-06-27T06:47:03Z</published>
   <updated>2011-06-30T22:51:09Z</updated>
   
   <summary>総則とあるから、憲法の前文に当たるような地方自治の基本理念が書かれているかという...</summary>
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      総則とあるから、憲法の前文に当たるような地方自治の基本理念が書かれているかというと、そうではありません。


まず第一条で「この法律の目的」があり、第一条の二で地方公共団体の種類、第二条で地方公共団体の法人格、事務、自治行政の基本原則、第3条で地方公共団体の名称、第4条で事務所の位置の決定・変更が規定されています。


ここには住民自治の基本理念はなにも書かれていないのです。


「住民」の規定が出てくるのは次の第二編普通地方公共団体の第一章通則(区域、廃置分合・境界変更等)につづく第二章の第10条から第13条までです。


この地方自治法の構成と規定内容をみて、すぐ気づくことは、なにより、地方自治法は住民自治の原則を正面から打ち出さず、いわば裏口からしぶしぶもぐりこませたのではないかということです。


それは、「住民」の登場のしかたが、あまりに散文的で、しかも消極的であることに示されています。


地方自治というものは住民が主権者として主体的に形成し維持するのだという原則がうたわれるのではなく・・・


まず地方公共団体があって、その団体の区域内に住所を有する者を住民と規定するという、なんともあじけのない捉え方です。


しかも、第一義的に住所を有するところが市町村であり、その住民になれば自動的にその市町村を包括する都道府県の住民になるのです。



      
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   <title>地域レベルの国際化　3</title>
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   <published>2011-05-27T06:46:21Z</published>
   <updated>2011-05-27T22:50:24Z</updated>
   
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      かりに当初、日本人女性はだめだからアジアの女性をと考えたとしても、そのアジアの女性を本当に他の日本人と同等に地域の一員として受け容れるならば「嫁」不足の地域から国際化の新しい地平がみえてくるといえるでしょう。


もし、このような可能性が現実のものにならなければ、差別と不幸がその地域の歴史にきざまれるでしょう。


「嫁」不足の解消のためにアジアの女性との結婚を積極的に進めている役所は、このような意味で地域における国際化のゆくえに決定的といってよいほど影響を与える立場に立っています。


地方自治法の「住民」憲法とともに歩んできた地方自治が40年を迎えた1987年には、各地で、これを記念する講演などの催しが行われました。


この40年は、もう少し限定していうと、地方自治法施行40年です。


いうまでもなく地方自治法は地方自治制度の根幹を定めている基本法であり、そこでの諸規定とその構成の内容は、地方自治制度論の基礎です。


この地方自治法をみると第一編総則とあり、4条から成っています。



      
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   <title>地域レベルの国際化　2</title>
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   <published>2011-04-27T06:45:34Z</published>
   <updated>2011-04-27T22:50:40Z</updated>
   
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      彼女たちが地域に定着し、さわやかな気持ちで暮せるには幾重もの困難をのりこえなければならないでしょう。


そして、もし彼女たちの定着が円滑に進み、日本の農村で日本人の夫と共に農業を行うことが彼女たちに安心と自信をもたらすならば、それは地域レベルの国際交流に新しい可能性をもたらすことになります。


もう過去のことになろうとしていますが、あの高度成長の頃、全国の農村からは東京をはじめとする30都市へ男たちは農閑期に出稼ぎに出ていきました。


その留守をあずかった女性と子供たちは辛い思いで過ごしました。


しばしば出稼ぎに出ていった夫は帰らず行方知らずになりました。


家庭崩壊の悲劇も起こったでしょう。


・・・・そうした苦い思い出のある地域がもしいま遠く故郷を離れ異郷の男性と結婚した女性をやさしく受け容れることができるならば、それは他人の辛さを自分のものとする豊かな感受性を示しうることになります。



      
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   <title>地域レベルの国際化</title>
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   <published>2011-03-27T06:43:49Z</published>
   <updated>2011-03-27T22:50:29Z</updated>
   
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      言葉の馴れにも時間がかかるものです。


生活慣習の学習もそう簡単でありません。


なにより日本人と結婚しても外国人であるという人びとの眼に慣れなければなりません。


「まなざしの地獄」を覚悟しなければならないかもしれないのです。


いまでは異人とはいわないのですが、成田税関でもノン・ジャパニーズをAliens(エイリアンズ=異星人というニュアンスをもつ)から、foreigners(フォーリナーズ)とよび変えたのはつい最近のことでした。


しかも、日本人の間には白人と非白人を区別(差別)する意識は根強いのです。


アジアの貧しい国の低学歴の女性と「異なった系統(文化)」に属する外国人であるがゆえにこそ差別することなく、人間として対等につき合うというのはそう簡単なことではないでしょう。


彼女たちの子供が幼稚園や学校へ通うようになったとき、母親が外国人、それもアジア人であることが「いじめ」の原因にならないともかぎらないのです。


      
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   <title>植物の美しさ</title>
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   <published>2011-02-09T08:04:06Z</published>
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      人間の生活は、衣・食・住といった基本的要件だけが満たされればよいというものではありません。


それ以外にも、いろいろな意味で生活を豊かにする多くのことが必要なのは言うまでもないでしょう。


ごく一般的に行なっていることのひとつは、我々の周りを緑で囲むことです。


心理学者の言っていることでもありますが、緑は人の心を和ませる色です。


庭がなくても、植物の鉢植えや切り花を生けた花瓶を並べて楽しむことができます。


現代は、景観演出に重点が置かれていて、たとえぼ高速道路の両脇や都市公園、あるいは郊外のコンドミニアムの入口を緑でどう演出するか、ということが行なわれます。


我々の食糧や医薬といった部分に植物絶滅の危機がどのような影響を及ぼすかについては周知の事実です。


しかし、その危機が日常生活に、どのような影響を及ぼすのでしょうか？


人気のある鉢植え植物の多くが、熱帯の森林に自生する植物であることは、十分に理由のあることです。


      
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   <title>チリの巨大樹　2</title>
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      チリにまだ存在する唯一の森林は、低湿地に育つ小面積の林か、または2100から3000フィートの高さのところの残存林です。


これらを守るために何度も立法措置をとろうとしてきましたが、いずれもうまくいかなかったのです。


アラース・ツリーを守るための法律が通ったのは1969年のことでした。


1976年には、チリの国の天然記念物に制定されました。


こうして、建て前としては、これ以上の破壊を免れることになったわけです。


この巨大樹は、今はワシントン条約の付属書に掲載され、この巨大樹の木材取り引きの禁止が明記されています。


しかし、こうした保護法や規定があったにもかかわらず、チリでは、伐採が大規模に続けられてきています。


本音をいえば、この木が、チリ南部の経済にとって主たる重要性を帯びているということなのです。


結局、これが1番重要とされることです。


      
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   <title>チリの巨大樹</title>
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      <![CDATA[アラース・ツリーは、真菌類や虫に耐性があり丈夫です。


倒れた幹は、自然に朽ちるまで、何世紀もの間、原形をとどめていられます。


たいへんゆっくりと生長するために、切られてもすぐに更新することができません。


こうしてこの巨大な樹木は、2、3千年もの寿命を持ち得るので、その消滅は悲しいというほかありません。


アラース・ツリーの伐採は1599年以来のことで、その自生地のチリやアルゼンチンでの「保護」にもかかわらず、伐採行為は今日も続けられています。<a style="color:#333; text-decoration:none; font-weight:normal;" href="http://blog.goo-net.com/taiyoko/" target="_blank">石塚孝一</a>氏によると、1896年に絶滅を危惧する警告がなされましたが、誰もその当時は注意を払わなかったのです。


いまやアルゼンチンでは、国立公園にわずかの生き残りがどうにか保護されているにすぎません。


この森林に対する破壊行為のおおかたは、1850年までには終わってしまいました。


チリ南部の植民や移民の末期は、ラテンアメリカでの森林破壊が急速に進んだ時期でした。


これらの、ゆっくり生長する巨大樹は簡単に再生することはなく、伐採地ではほとんど発芽もままならなかったのです。

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   <title>森林の生産物　6</title>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tcsbiosciences.biz/">
      鯨は、最初は、主にその油脂ー重工業にとって品質の良い潤滑油1のために皆殺しにされました。


今では、砂漠の植物であるツゲ科のシモンジア.キネンシスの種子には、マッコウクジラの油脂に匹敵しうるほどの質のよい油が含まれていることがわかってきました。


この植物は、さまざまな生産物に用いられ得るジョジョバ油を採取するため、いまではプランテーションで栽培されています。


ジョジョバ油の発見は遅かったので、起こり得る鯨の絶滅を救えないかもしれませんが、その発見によって、この植物自体が絶滅するのは免れたと思うのです。


すがすがしいほどのチリの空に、巨大な木々がそびえ立ち、それらは200フィートにはなろうかという高さです。


どっしりした幹は、直径12フィート以上に広がり、繊維質の赤っぽい樹皮でおおわれています。


これらは、楽器に最適な材のひとつとみなされているアラース・ツリーですが、屋根板の代わりに用いられることが多いです。


正しくは学名でフィツロイア・クプレッソイデスと呼ぼれるヒノキ科の高木で、北アメリカの太平洋岸に沿ってタワーのように聾えるセコイアに似ています。


両方とも球果をつける木で、海に近い、涼しく湿った空気の中で生長します。


      
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