出生時のトラウマ 3

最初にかかってきた電話で、困惑を隠せない声の父親が「なんとかなるでしょうか」と聞いてきたのです。


簡単な視診と触診で、胸郭と骨盤の動きが極端に制限されていることがわかりました。


わたしはパーカッション・バイブレーターを使って、子どもの轡部と頭部にかなりの刺激をあたえました。


30分ほど待っていると、その子がとつぜん雄叫びをあげました。


それから治療台に寝かせ、ゆっくりと呼吸がととのっていくのを父親とともに観察しました。


・・・父親の話では、それ以来、再発はしていないといいます。


同じようなケースはまだあるのです。


5年ほど前、活動過多で痙攣性発作の診断を受けた男の子を診たことがありました。


神経科医をさんざん手こずらせたらしいのですが、医師には原因を特定することができなかったのです。


その子は一回の治療ですんでいます。

« 出生時のトラウマ 2 | メイン | 出生時のトラウマ 4 »

About

ひとつ前の投稿は「出生時のトラウマ 2」です。

次の投稿は「出生時のトラウマ 4」です。

他にも多くのエントリがあります。メインページアーカイブページも見てください。

管理人のお気に入り